現役一橋大生、勉強と学問について語る

これまでの経験を活かし、勉強や学問、努力といったことについて語ります。学生時代の備忘録という役割も兼ねています。

勉強することの意義

そもそも、「なぜ勉強しなくてはいけないのか」という問いについてです。

様々な答えがあるとは思います。

ただ、多くの友人に聞いてみて共通点を見出すことができました。

 

「答えを自分なりに確立している人は積極的に勉強し、その結果として成績も優秀」

「勉強を手段として考えている人はどこかの段階で成績が頭打ちになる」

 

この2点です。

どういった形であれ、学ぶことに対して積極的である人は自然と成績も伸びていきます。一方、勉強を「やらされている」人は必ずと言っていいほど伸び悩み、努力が結果に結びつかなくなります。

 

では、どうしたらいいか。

「好奇心を深める」ことが一番だと僕は考えます。

身の回りに「これ、なんでだろう?」と思うことはたくさんあるはずです。

ただ、年齢を重ねるうちに疑問に思わなくなって「なんでかはわからないけどこういうもんだ」と受け流してしまっているだけなのです。

そういった小さな疑問について、いったん立ち止まって調べてみるのも立派な勉強の場です。

スマホがあればどこでも手軽に検索できる時代ですから、そのひと手間を惜しまないようにするだけで人生はグッと豊かになります。

ただし、信頼できる情報かどうかの見極めはくれぐれも慎重に。(複数の情報源を確認するなどした方が良いかと)

 

さて、こんなことを言ってる僕が見出した「なぜ勉強しなくてはならないのか」という答え…

それは一言で言うと「自分の世界を広げるため」となります。

例えば、有名な建築物を見た時。具体的に京都の神社やお寺としましょう。

ただ「あぁ、綺麗だなぁ」と漠然と思うよりも

「このお寺は〇〇年に△△宗のものとして建てられたのか。同時代の世界では…」

といった感じで連想を広げていける方が楽しいと思います。

もちろん僕が常にこうした見方のみをしているわけではなく、無心になって美を感じることもありますが。

また、色々なことに関して幅広く知識を持っている人は話の引き出しが多く、人を惹きつける話し方ができると思っています。

視野が広くなるというか、物事を様々な角度から見て意見を構築するので、穏やかかつ説得的な話し方になります。その結果、ついつい聞き入ってしまうような魅力的な話し方になります。

 

どうでしょうか?

勉強しない、というのもまた一つの選択肢であることは否定しません。

ただ、世界を広げる可能性を知らないまま過ごしていくのは惜しい気がしませんか?