現役一橋大生、勉強と学問について語る

これまでの経験を活かし、勉強や学問、努力といったことについて語ります。学生時代の備忘録という役割も兼ねています。

間違いから学ぶこと

模試が返

却されたり、自分でも問題演習の量が増えたり…

 

そろそろそういう時期でしょうかね。

基礎が固まっていないのに演習なんて…

 

という人もいますが、そんなことを言っていると演習を始めるのが遅くなる一方です。

 

いいんですよ、間違えたって。

最初から満点取りに行くのは問題集に向かう姿勢として間違っています。

 

最終目標はあくまでも「本番の試験で」「合格最低点を1点でも上回ること」

です。

 

その過程は極端な話「どうだっていい」のです。

全く手のつけようのない問題集に取り組み続けるのは時間の無駄ですが、

全部初見で解けてしまうような問題集をいくらやっても成長は見込めません。

 

たくさんの問題集が並んでいる書店に行くとどれにするか迷うことは多々あると思いますが、

大事なのは

「この1冊からどれだけ学べそうか」

という点のみです。

内容なんて大して変わりありません。

「解説の質が…」とか文句のつけようはあるとは思いますが、どんな問題集であれ多少の欠点はあるものです。

 

僕の基準は

①何を強化したいのか ②何周もできるか ③問題数が多いか

でした。

解きながら知識を獲得したり整理していくというスタイルだったので、いかに多くの問題を解けるかにかかっていたんですね。

 

正直、問題の質なんて大して変えようがないんですよ。同じ指導要綱に基づいているわけですから。

だからこそ、より多くの問題を収録してあって、「この1冊をやり切るとたいていの問題は初見ではなくなる」というような点を重視していました。

 

問題集の進め方に関しては、とにかく速いペースで1周終わらせることです。一度すべての問題を解ききったら、間違えた問題にその都度印をつけます。

で、別のノートを用意し(手帳サイズのものが持ち運びやすくて便利です)、間違えた問題とその解答を書き写します。

 

これは某進〇ゼミで紹介されていた「間違えたところだけノート」になります。

 

そのうえで1つの問題集を3周ぐらいは繰り返す方が良いとされていますが、学ぶことがなくなったと感じたらおしまい、で良いでしょう。

 

「間違えたところだけノート」はどんどん更新していきましょう。覚えたものを消す必要はないので、最終的に「今まで失点したすべての理由がわかる」ということになります。

 

あとはこれを繰り返し見て、覚えて、また解いて、更新して、の繰り返しです。

 

僕は世界史と英文法についてこれを作りましたが、やはり効果は絶大でした。

多く解くこと、同じ間違いをする可能性を減らしていくことが得点力アップにつながりますので、良ければ是非試してみてください。

資格試験やその他にも応用できるものだと思います。

 

 

 

再スタートの時

気づけば9月に入ってしまいましたね。

 

怠惰な大学生の僕はまだあと2週間ぐらいは夏休みなのですが、8月31日を過ぎると何となく夏も終わり、再スタートという気持ちになるのは僕だけでしょうか。

 

さて、受験生の皆さん。

納得のいく夏休み、過ごせましたか?

 

志望する大学がある程度絞れてきましたか?

 

苦手を少しでも克服し、大まかにであれ得点する道筋が見えてきましたか?

 

未習分野に手を付け、基礎的な知識と定番の問題なら対応できる力はつきましたか?

 

過去問や模試に触れ、自分の現在地と将来的に必要なレベルを確認できましたか?

 

どれも大変ですがとても重要なことです。

中には、色々な理由があってできなかった部分もあるかもしれません。

思いのほか勉強が進まなかった、苦手が次々に出てきた、など…

 

それは仕方ないことです。受験勉強は苦手の発見と克服の繰り返しです。

 

もし、苦手の量にうんざりして勉強をやめてしまうのなら。

 

それも1つの選択肢です。

 

ただ、

本当に納得できますか?

今の時点でできなくても、本番までは4,5カ月あります。

本当に克服できない課題でしょうか?

目標とする大学があって、でもこれ以上勉強するのが嫌で…

 

投げ出してしまったとして、その結果の未来に対して胸を張れますか?

 

 

受験は大変です。しかも、必ず報われるという保証はありません。

ただ、結果がどうであれ、目標に向かって一生懸命頑張ったという事実は残ります。

将来の自分にとって、間違いなく大きな財産になるはずです。

 

目の前の壁から逃げることは簡単ですが、その結果得られるものは壁に立ち向かったものと比べてどうでしょうか。小さくなってしまわないですか?

 

挑戦してみましょう。

苦手分野があるのなら、先生や友人を頼りましょう。

モチベーションが保てなければ、大学見学に行ったり、ライバルの様子を見て自分を奮い立たせましょう。

 

もう夏休みは過ぎました。後悔しても、時間は返ってきません。

 

だからこそ、前を向きましょう。

まだ、諦めるような時間ではありません。

 

9月、再スタートの時です。

 

 

勝負の夏

来ましたね、夏が。

 

猛暑で勉強どころではないというのもよくわかりますが、それを言っていてはどうにもなりません。

 

受験生にとっては夏休みというまとまった勉強時間を確保できる期間はもうめちゃくちゃ重要です。

 

学校や予備校で言い尽くされてきたセリフではありますが、

 

「この夏の頑張りが勝敗を分ける」のです。

 

8月末までとして、まぁ40日ほど。

 

1日10時間勉強すると400時間。

 

400時間、必死になって成長しようとしたら相当の成果が出せそうじゃないですか?

 

出せます。

 

ただ、そのためにはいくつか必要なことがあります。

 

 

⑴目標設定⑵スケジュール管理 です。

 

⑴目標設定

そもそも、勉強は量×質で成果につながってきます。

 

「1日10時間勉強する!」として「量」の部分について目標設定ができたとしましょう。

 

次は「質」の部分です。

 

科目や分野ごとに得意or苦手、好きor嫌いがあると思います。

その中で、致命的にできないものに関してはなるべく早く対策を講じないといけません。

経験上、苦手を克服するのには膨大な時間がかかるからです。

 

「この分野を克服するために問題集を2周する」「全般的に英語が苦手だから文法の基礎から見直していく」

 

などなど。

 

それに加えて、どうしても時間のかかる類のものはやってしまいましょう。

 

歴史科目の通史、数学の既習範囲の復習などなど。

 

今1周やっておくのとやらないのとでは大きな差になってきます。

 

あとは、過去問にも触れてみて、必要な学力を把握するというのも良いかと思います。

 

 

⑵スケジュール管理

 

やらなければならないものを大方設定したら、あとはスケジューリングです。

何を何日ごろまで、この日には過去問をやっておく、などなど…

 

当然のことながら、やっていくうちに変更があって当たり前です。

柔軟に変えていける方が望ましいと思います。

 

ただ、これだけは終わらせる!というものを持って、それを優先的に進めていきましょう。

8月末には模試等もあるはずなので、そこに向けてやっていくのが良いのではないでしょうか。

 

長期的な計画を立て、それに沿って1日の目標を設定し、日々努力していく。

 

受験生として真価の問われる日々です。

妥協せず、目標を見失わず。

時に息抜きをしながら、体調管理を怠らず、ライバルと切磋琢磨して。

 

 

一生に一度ぐらい、本気で勉強する夏があっても良いのではないでしょうか?

 

歴史科目の勉強法②

さて、前回の記事で勝負する科目は決めましたね?

 

では、ここからが本番です。

 

歴史の勉強というのは大きく3つの段階に分けられます。

 

 

流れの把握、因果関係の把握、出来事や人物についての暗記

 

です。

①流れの把握

これは大まかな流れを理解することを指します。

例えば世界史のフランス革命のあたりであれば、

旧体制への不満の高まり→民衆の蜂起→国王の処刑→共和制の樹立→安定へ…

 

というような流れがあるわけです。

で、その中に1789年バスティーユ牢獄襲撃事件とか(他にはもう忘れましたが)

色々な出来事があり、それぞれの因果関係があるわけです。

細かい事項をインプットする前にこうした流れを確認しておくというのは非常に重要です。

 

②因果関係の把握

大まかな流れを把握し終えたら、次はそれぞれの出来事に注目して学んでいくことが求められます。

歴史には必ず因果関係があり、そこについて注意深く考えることで理解を深めることにつながります。

 

③出来事や人物の暗記

ここが一番歴史の勉強という感じになってくるかもしれません。

ただ、①②をしっかりやっているとそこまで単純暗記にはならないと考えています。

理屈で納得できたことは頭にも残りますから。

後は、「なるべく多くのことと結びつけながら覚える」ということも必要であると思います。

近代に入ってくると、政治家が色々な方面で関係を持っていたり国同士の関係も複雑になってきます。

その辺にも注意を向け、出来事のつながりを意識しながら学んでいくと無理やり暗記という場面はかなり少なくなり、ある意味で論理的な思考力を必要とされる部分が大きくなってきます。

 

以上が基本的な勉強の流れになると思います。

ただ、試験までの期間と知識の定着度を考えて、時間配分は自力でうまいことやっていくことになると思います。

歴史科目の勉強法①

ずいぶん書いていなかったんですね。

今回からは歴史科目の勉強法についてです。

 

私自身が世界史で受験したので、日本史については正直詳しくないのですが、共通して大事であろうことをメインにしていくつもりです。

 

では、まず勉強する前に。

「世界史と日本史、どちらが簡単なのか?」

この問いは全国の高校、予備校、その他受験に関する場所で何万回となく繰り返されてきたことでしょう。

 

日本史は世界史よりも範囲が狭いから簡単、いやその分マニアックな問題が出やすいから広く浅くの世界史の方が簡単、いやいや上位校では広く深く問われるから日本史の方が相対的に簡単、…。

 

キリがないですね

 

正直、どちらが簡単なんてことはないと思っています。

合計点で選抜する入試において、難易度や平均点が変わってきてしまうことは避けたいものです。

そもそも、大きな差があるのであれば長期的にどちらか一方のみに受験者が偏ってしまいますよね?そうなったら不人気の科目は廃止になるはずです。

ということで、どちらにしても難易度に明確な差はない、というのが私の持論です。

 

ただ、先に挙げたような科目ごとの特徴はあります。他にも日本史は漢字だらけ(中国史はもっと読めない漢字だらけですが)、世界史は紛らわしいカタカナの名前だらけ(日本史もそういう節は多々ありますが)、などなど…

このあたりを考慮した後、最終的には好みで決めるしかないのではないでしょうか。

「簡単だと聞いたから」という理由で決めると、どこかでつまずいた時に他人のせいにして逃げてしまいます。

自分で決めた選択肢であればこそ、苦しい時に頑張れるということもあるでしょう。

 

さて、こうしてどちらかを選択したとしましょう。

東大文系を目指す人は頑張ってどちらもやってくださいね。

私はこの点で挫折しました。

 

勉強の流れとしては

①通史による流れの把握 ②因果関係と影響関係の把握 ③年号や細かい事物の暗記

をバランスよくやっていくのが必要であると思います。

そのあたりは次回以降。

 

今回の記事、もう決めてしまった受験生にとってはあんまり意味がありませんね。

 

現代文の勉強法②

前回、非常にざっくりとした現代文の勉強方針について書きました。

 

では、具体的にはどうしたらよいか?

得点力を伸ばすためには、とにかくいろいろな文章を読むのが一番いいと思います。

特に評論を読む際には、周辺知識の有無も大事になってきます。

もちろん何も知らない状態からでも解けるとは思いますが、知っていると論理の展開が追いやすくなるケースは多いです。

 

分かりやすい例でいうと、環境問題についての文章は多いです。

その時に、どんな点が問題で解決のためにはどうなっていくことが必要であるか、最初から検討がついていたら読解が楽になりますよね。

そのために、様々な問題を解いていくことが重要になります。

 

読む際に気をつけるのは1点のみで十分です。

 

「問題文の中に問いを見つけ、それに対する答えを探しながら読むこと」

 

です。

これさえできていれば、後は問題を解く中で答えの部分を見つける力を養ったり、解答を自分の力で表現する力を鍛えるだけです。

 

こうしてみるとすごく簡単に思えませんか?

実は現代文はほとんど暗記事項のない、地道な積み重ねが実を結ぶ科目なのです。

暗記で対応できないからこそ、コツコツと積み重ねてきた努力の量がそのまま得点に反映されます。

 

また、現代文の問題文は非常に美しく、内容としてもとてもためになるものが多いです。

だからこそ、しっかりと対策をすることで今後の人生についても豊かにするというような心持ちで頑張っていきましょう!

現代文の勉強法①

さぁ、英語の話は前回まででひと段落しました。

 

ということで、今回からは国語の勉強法について書いていこうと思います。

 

とりあえず最初は現代文に限定します。

現代文って、どうすれば良いのかわからない分野だと思います。

「たくさん本を読め!」とかいう薄っぺらいアドバイスになってしまいかねません。

そんなことを言われてもいまさら読む時間もないし、何を読んでいいのかもわからないし、楽しむ読書と得点力の向上のための読書は全く別物だろ!

と思う人が多いと思うので、そんな無駄な話はしません。

 

僕自身は本を読むのが小さい時から好きではあったのですが、受験のために本を読んだという記憶はありません。

純粋に楽しめなくなりますしね。著者に失礼です。

まぁ読書の話はおいおい。

さて、現代文には大きく分けて2種類、評論と小説があるわけですが…

結論としてはどちらも大して変わりません。根本的な姿勢は共通しています。

特に、小説の読解については「登場人物の気持ちになって考えろ」などというくだらない、テクニックとも言えない言説が横行しているようですが、そんなことをする必要は全くありません。

自分の気持ちだって100%わからない人間に、他者、まして架空の人物の心理がわかると思いますか?無理ですよね。

これ、実は誤解されたものなんです。

現代文の読解において最も大切なこと、それは…

 

「登場人物(評論なら)著者の考えがわかる表現を捉えて理解すること」

 

です。

登場人物になりきる必要はありません。

理解するための手がかりは全て文中にあります。

 

このことをやや省略の多い表現をすると「登場人物の気持ちになって」となるわけです。

主観的な感情移入をすることなく、きちんと根拠を持って感情や主張について読み解くという姿勢が必要です。

 

読み取る手がかりはたくさんあります。

評論では「~なのです」「~と言えます」のような表現は主張を示しています。

小説の場合にはやや種類が増えますが、人物の動作や背景等から類推できる事例もたくさんあります。

このあたりを思い浮かべて読むと、単なる文章としてだけではなく、著者の血が通った生きた文章として迫ってくるはずです。